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さよなら103系

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<<ネットニュースより 2017.10.3>>

 48年間ありがとう──。1969年から約48年にわたり「大阪環状線」を走り続けてきた103系が3日午前、営業運転を終了した。同日は早朝から同線の駅や沿線でカメラを片手に運行の様子を見つめる人も多く「環状線といえば、これが当たり前でしたから」と話しながらシャッターを切る人も多くみられた。

 JR西日本によると、営業運転終了を10月3日にしたのは、形式の数字「103」にちなんで勇退日としたという。約48年にわたって走ってきたが、昨年、同線とJRゆめ咲線専用新型車両「323系」が営業運転を開始し、この新型車両への置き換えが進んでおり、残る1編成が同日の勇退に至った。これまでの総走行距離は、約9億5千万キロにもおよんだ。ちなみに、同線の距離は21.7キロとなっている。

 同日午前6時ごろ、大阪市天王寺区のJR天王寺駅付近でカメラをかまえていた大阪市内の40代男性は「このくらいの時間から走ると聞いてやってきました」と笑顔で線路を見つめる。「たぶん初めて乗った電車やし、僕にとっては思い出深い。けど、もうそういう人はこの辺にいっぱいいるでしょう」と続ける。

 そして、待ちにまった103系が通ると「当たり前の風景やけど、きょうで最後なんですね。このオレンジ色はずっと覚えておきます」と話し、会社へと向かった。

 大阪市北区のJR大阪駅付近でも、カメラを構え103系を待つ人がたくさんおり、電車が通った瞬間、シャッターを切る音が響き渡った。

 同日午前には、JR京橋駅で勇退のセレモニーも行われ、多くの人が103系をねぎらい、別れを惜しんでいた。

(ここまで)

 インタビューの中にあった「たぶん初めて乗った電車やし、僕にとっては思い出深い。」と、おっしゃっているとおりです。

 この写真、デジカメで撮ったものだと勘違いしてしまいそうですが・・・アルバムに1992(平成4)年7月2日下関駅撮影と記載しているので、フィルム式なんです。

 國鐵廣島支社は変わり映えのないボロ電車や汽車ばっかりにうんざりしていたとき、「平成4年6月14日から大阪・日根野電車区(阪和線)の103系が山陽本線の下関~岩国間に投入されました」と書かれています。
 ピカピカになっているのは幡生工場で山陽本線カラーに塗り替えたからでしょう。
 これでも何もない田舎の山陽本線に「都会の電車がやってきた!」と喜んでいたのは今でも覚えています。
 数年後・・・長距離電車なのにトイレが付いていなくて不評なため、山陽本線での運用を外したそうです。宇部線、小野田線、呉線、可部線などに転用。しかし、2015(平成27)年すべて引退してしまいました。
 103系の中で比較的新しいJR九州の筑肥線から福岡市営地下鉄に直通する1500番台だけど、今どうなっていると調べてみたら、もうすでに廃車。103系は直流だから、自社の交流区間に転身するのは無理だけど、関門トンネルを潜って、山陽本線なら使えるはず。比較的新しいからと山陽本線で余生を送ってあげればよかったのに。ドアのところは真っ赤で派手だけど、JR西日本らしく、ブルーに塗り替えれば問題ないはず・・・。
 戦後の高度経済成長期を支えた103系、今はもう骨とう品レベルになり、唯一活躍しているところは奈良線。昭和39(1964)年に初めて山手線に投入された、ウグイス色なので、見た目は半世紀前の山手線。(引退はいつになるのか不明ですが、そんなに遠くないでしょう・・・)

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