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青島駅。駅の大きさからにすると、有人駅!?と思いましたが・・・残念ながら無人駅です。
青島駅の歴史をひも解いてみると、開業日は1963(昭和38)年5月8日。
昭和天皇の、第五女の島津久永&貴子夫妻が1960(昭和35)年に新婚旅行で青島、霧島、桜島に訪れたことから、その頃の新婚旅行といえば、皇族プリセンスにあやかり青島が憧れだという新婚カップルが多かったそうです。
さらに2年後の1962(昭和37)年に皇太子(今上天皇陛下)夫妻が青ヶ島 青島に訪ねているので、日南海岸を「プリンセスライン」として全国的に有名になりました。訪ねられる方も急増し、当時の国鉄も急ピッチで志布志線を宮崎まで繋がろうとレールを敷設。
昔の国鉄は、少しずつレールを延伸するのではなく、両端から着工し、中間地点でレールが結ばれめでたく、全線開通というやり方が多い。(青函トンネルも両端から着工)
日豊本線も鹿児島から、佐伯から着工し、宗太郎駅でやっと全線開通。
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昭和38年開業直後、大勢の新婚カップルが押しかけ、改札口の駅員さんも大忙しだったのに違いない。左はもともと切符売場があったらしく、今は塞がれています。大きさからにすると、1番から3番窓口はあったような?昭和38年から40年代にかけて飛行機の国際線は非常に高額なので、容易く乗れるようなものではなかった。
伊豆諸島の新島も、昔の民宿は現在よりも非常に多く、若者を受け入れ。ナンパ通りもあったとか、昔は若者でにぎわっていたのに、今はサーファーの波乗りに行く程度になり、非常に減少。青島駅も、同じだったと断言できる。
立派なラッチ(改札口)もあるのに、新婚旅行の旅先を青ヶ島・・・いや、青島にしようと思っている方は皆無に近いのか、近年になって無人駅に追いやられてしまいました。まだまだ青島駅の話はあります。